ビデオゲームと犯罪

『ゲームと犯罪と子どもたち −−ハーバード大学医学部の大規模調査より』

ローレンス・カトナー、シェリル・K・オルソン著、鈴木南日子訳、インプレス、2009年6月

原題 ”GRAND THEFT CHILDHOOD” by Lawrence Kutner & Cheryl K. Olson

 

この本の流れ

子どもや若者の暴力的な犯罪がおこると、しばしば、ビデオゲームがその原因であるかのように言われる。著者らは、そうした言説、具体的にはさまざまな政治家や有識者の発言、学術論文などを見直し、科学的に因果関係が証明された論拠をもたないことを明らかにしていく。子どもたちへのインタビューからも、彼/彼女たちはゲームの世界は作り物であり、現実とは異なることをちゃんとわかっている子どもがほとんどであること。だからといって、ビデオゲームが全く影響がないと著者らは主張しているわけではなく、購入時に作品の内容がある程度わかるようにすること、保護者が関与すること、さらに、暴力的なゲームにのめり込む状況は子どもが問題を抱えているシグナルであるといった、ビデオゲームを受け入れて上で、現実的に対処する方法を提案している。

また、ビデオゲームが少年犯罪の元凶だとされる前には、やはりテレビが、映画が、マンガが、大衆小説が、悪者にされてきたのだ。いつの時代も「暴力」と「セックス」の欲求に溢れていた。新しいメディアはまずそこから広まってきたのだった。

著者らの研究プロジェクトは、1254人の子どもと500人の保護者を対象に、アンケートとヒアリングを行い、ゲームをする状況や、ゲームをする理由などを丹念に追うものである。並行して、ゲームをつくる大人の側の思惑、ゲームの審査制度、政治的な道具に使われるゲーム批判など、声高に叫ばれることがないが、むしろ重要な問題を指摘している。そして、保護者が子どもにできることを提案し、結びとしている。

 

ピックアップ

p.283 スタインバーグ(Laurence Steinberg)のコメントを引いて、

子どもは生まれたときから攻撃的なのです。就学前の子どもたちの別の子どもとの交流の50%は攻撃的です。しかし大半の子どもの場合、その後、時間の経過とともに継続的に目覚ましく攻撃性が減少します。問題は、どうすればこどもたちが攻撃的にならないかではなく、子どもたちの攻撃性を止める要素が何かということです。

p.291 暴力的等のゲームを未成年に販売またはレンタルする行為を刑事犯罪とする法律を違憲とする判決(MATTHEW F. KENNELLY, District Judge)

 法律の根拠とされた先行研究はいずれも論拠の乏しいジャンクサイエンスとし、同法を通過させた議員と、研究者の両方を激しく非難したうえで、

半世紀以上前にジャクソン判事が述べたように、「我々の社会のかけがえのない遺産は、各構成員が望んだとおり嗜好する制約のない法的権利である。思想統制は全体主義の専売特許であり、私たちは一切これを求めない。市民を錯誤に陥れないようにするのが政府の役割なのではなく、政府を錯誤に陥れないようにするのが市民の役割である」……。子どもの健全な心理的発達を促す上で、「危険」といわれる言論との接触を統制することが重要であるというなら、我々の社会では政府ではなく、両親および家族がその役割を十分果たしている」

p.304 子どもたちの肥満に関連して、

また、さまざまな理由から子ども時代の遊びの多くが、適当に近所の子ども同士が集まってする遊びから、組織化され、監督されたリーグによる、大人のスポーツの子ども版に変わっていった。空き地に集まった子ども同士でしていた草野球はリトルリーグに取って代わられ、地元のサッカーチームには4歳からでも入れるようになった。そうした組織化されたスポーツを途中でやめたり、もともと参加しない中学生の割合は高い。彼らはスポーツをする目的が、楽しむことから勝つことに変わったのに気づいているのだ。もしそのスポーツがうまくなかったら、たとえ楽しんでいても、続けいる理由はない。たとえばスケートボードのように例外的なスポーツもある。参加者はほとんどが自分自身の限界に挑戦していて、彼らがおもにやりがいを感じるのは、マスターできたと実感したときだ。また、ゲームの文化と同じように、スケートボード文化も、そのスポーツの初心者を助けることを推奨している。単に勝つことではなく、上達することに重点が置かれている点は、とくに韓国などの国々でゲームがスポーツとして楽しまれている原因のひとつといえるだろう。

 著者らの調査では、スポーツゲームをする子どもたちは、これらのゲームをしない子どもより多く運動していた。

p.326 保護者にできること

ゲームはとても普及していて、感情にも影響を及ぼし、社会的である。そのため、ゲームは、行動上の問題や精神衛生上の問題が現れる環境をつくりやすいのかもしれない。ゲームは問題を引き起こす原因というより、人々が問題を気づくきっかけになる。

たとえばこれまでとは違った友だちとつきあうようになったり、成績が急に下がったり、気むずかしくなったり、神経質になったり、十分に楽しんでいなかったり、失望感が続いていたりといったように、子どもの行動や成績、態度や感情に大きな変化が見られたら、それは治療可能な精神衛生上の問題の兆候かもしれない。また、いじめなど、現実世界での暴力の問題を反映している場合もある。しかし良性の発疹なら何の抵抗もなく子どもを医者に連れて行くのに、情緒や行動の問題について専門家の助けを求めることをためらう親があまりにも多い。

私たちの研究の最終結論をひとことに集約するなら、ほとんどの子どもや保護者はリラックスすることだ。暴力的なゲームの影響を懸念するのはよくわかるが、過去の人々が、当時まだ新しかったメディアに対して抱いていた、根拠のない不安と基本的には変わりないのだ、人間という種は、驚くほど回復力がることを覚えておいてほしい。

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