情報と取引コスト

2009年1月29日付け 朝日新聞朝刊の天声人語は、不完全情報下での取引の題材としてうってつけだ。

都心で有名すし店を営む中澤圭二さん(46)は、いい種(たね)を仕入れるコツは「魚屋さんとの信頼関係に尽きる」という。「魚を開いてみたらダメだった」という失敗に懲りたら「足繁(しげ)く築地に通うしかない」(『鮨屋(すしや)の人間力』文春新書)。魚河岸に30年通う料理人の明快な結論だ▼東京の築地市場には、こうした玄人筋の何倍もの素人が訪れる。とりわけ、大きなお金が動くマグロの競りは外国人に人気がある。マナー違反から禁止されていた見学も再開され、観光地の活気が戻ってきた▼ただ、銀座の隣町に世界屈指の魚市場がある幸せは「あと5年限り」とされている。管理者の東京都が、2キロ離れた埋め立て地に市場を移す方針のためだ。老朽施設を建て替えるより安上がりという▼移転先のガス工場跡からは、環境基準の4万3千倍のベンゼン、930倍のシアン化合物が見つかっている。去年の調査では、強い発がん性のある物質が過去の公表値の115倍の濃度で検出されたのに、都は有識者の専門家会議で示さなかった▼不穏なデータは移転反対派を勢いづかせる、そんな浅慮はないか。都は「土は浄化する」という。だが、食にかかわる情報にわずかでも濁りがあれば、魚のプロも消費者も安心できない▼わが仕事場から見れば、23ヘクタールの市場内外に雑多な店が寄り添い、冬日を浴びている。1世紀に近い歳月、幾千の信頼関係の上にこれがある。首都の台所を移すからには、板前さんの包丁さばきと同じこまやかさが必要だ。「開いてみたらダメだった」は許されない。

商品=魚、の鮮度が買い手(板前さん)に100%分かれば、商品を見て買うか買わないかを間違いなく判断できるが、魚の品質は、魚屋さんでも100%わかるわけではない。

とはいえ、経験的に、魚の品質については、魚屋さん>板前さんであるから、信頼できる魚屋さんから魚を買う。たまたまその日は、他の魚屋さんの魚が同じ鮮度で値段が安い、ということがあるかもしれないが、少々高い買い物をしても、信頼できる=期待値(価格、品質)の高い魚屋さんから魚を買うのが板前さんにとっては必要な取引コストを支払うということで、この選択が経済合理的ということなのだ。

で、その「信頼」はどのようにして育まれるかというと、魚を買うという経験を積むということしかない。いろいろな魚屋さんから何度も買い、成功や失敗を繰り返すことで学習するということだ。

一方、こうした現実に対抗?して、より経済効率的な商品を追求する活動も続けられてきている。先ほどいった「失敗」と「成功」のバラツキは、リスクと呼ばれるもので、商品の質が安定し、供給量が安定していれば、経済学の教科書では、板前さんも、魚屋さんもハッピーということになる。

生鮮食料品の場合は、自然環境に左右される要素が大きいから、元来「不安定」であるわけだた、「栽培」「養殖」「冷凍保存」など、安定に向けての技術開発が進んできた。お陰で、大手小売りチェーンや外食チェーンが誕生し、いつでも、どこでも、同じものが比較的安価に食べられる今の社会がある。

築地が豊洲に移って、巨大スーパーになってしまうことはないだろうが、「信頼できる魚屋さん」で魚を買う主婦は、3〜40年前に較べると、相当減ってしまっただろうと思うと、経済効率性追求の原則が私たちの生活を着実に浸透しているということだ。

取引コストの話をするつもりだったのだが、何だか違う方向に進んでしまった。

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